【書評】カイジ「勝つべくして勝つ!」働き方の話/木暮太一

教育部

今回紹介するのは『カイジ「勝つべくして勝つ!」働き方の話 [ 木暮太一 ]』です。

『カイジ』は自堕落な日々を過ごす主人公がギャンブルの世界にのめりこんでいくという人気漫画です。
藤原竜也さんで映画化もされています。

本書はカイジの経験を通して現実社会に活かすにはどうすれば良いのかを考える内容になっています。

ようさん
ようさん

僕が本書を読んで実践していること、意識していることを5つ取り上げました。詳しく見ていきましょう!

明日やろうは馬鹿野郎

「もう少し待ってくれ」とフレーズが出てくるのも、「今決めなくてもいい、また今度きめればいい」と思っているからではないでしょうか?つまり時間が有限であることに気づいていないからなのです。(P29)

明日やろうは馬鹿野郎」この言葉をどこかで聞いたことがあるのではないでしょうか?

2007年にフジテレビで放送された、山下智久と長澤まさみ主演の「プロポーズ大作戦」というドラマのセリフです。

プロポーズ大作戦 5話

こちらはマハトマ・ガンジーの言葉です。

明日死ぬと思って、生きなさい。永遠に生きると思って、学びなさい。

明日死ぬと思うだけであれば、何をやっても無駄だからやりたい放題生きても良いという考えが浮かびます。

なので、最後の「永遠に生きると思って学びなさい」という言葉が重要になってくるのです。

親とケンカしてそれが最後の別れになった。
チャンスが来ても何も準備をしていなかったのでその機会を活かせなかった。

明日やろうと思い、その結果で後悔した経験は誰にもであると思います。

今日の積み重ねが明日に繋がるのは当たり前のことです。

その当たり前をいかに本気になれるかが未来の勝者と敗者を決定づけるのです。

まず一歩を踏み出せ

まず一歩を踏み出せ(P50)

人生は決断の連続です。

決断をしなければ失敗が明らかになりません
失敗が明らかにならないだけで、知らず知らずのうちに失敗をしていきます。

そしてチャンスを失い続けるのです…

あなたは何割の確率であれば行動するでしょうか?
5割?8割?それとも10割?

僕の友達にFX(外国為替証拠金取引)をやりたくて一生懸命勉強している人がいました。

何冊も本を読んだり、デモ口座を開いて取引もしていました。
数か月後、どうなったか聞いてみると、結局FXはやらなかったそうです。

百聞は一見に如かず

本当の学びになるのは、真剣に自分のお金や時間を張ってみて、ヒリヒリするような感覚の中、決断していく時です。(P52)

その友達にとって勉強した時間の中で得られたものは何だったのでしょうか。

僕はFXで資産が0になるような経験をしたことがあります。

絶望のどん底にまで落ちたような感覚で二度と経験したくないものですが、それでも次の日は普通に会社に行って、普通に仕事をすることが出来ました。

この経験から絶望の中でも次の行動を起こせる自分がいるのだと気づいて、自信になったものです。

一流と二流を分けるもの

一流と二流を分けるもの、それは「正しい自己評価」と「正しい自己認識」です。(P195)

自己評価とは?

自分で自分についての評価(吟味)をする機能/システムのことを指す。なお、自分に対する評価そのものとして、自己肯定感(自尊感情)を持つことについて用いられることもある。

自己認識とは?

内観能力のひとつであり、自分を環境や他の個人とは別の個人であると認識する能力である。自分が存在すると言う理解である。

アダム・スミスは、「人間は周囲から是認されたくて仕方ない生き物だ」と説いていました。(P185)

つまり、人には社会から認められたいという欲求を根本的に持っているということです。

マズローの欲求五段階説をご存知でしょうか?

人間の欲求を五段階で表したもので、社会から認められたいという欲求は尊厳欲求にあたります。

では、社会から認められるにはどうすれば良いか?

称賛を求めるあまり、二流になり下がる(P192)

社会に認められるためには何をしても良い。

特にバレなければ良いという考えと持ってしまうと危険です。

バレなけれという気持ちにはどこか怯えのようなものがあります。

その気持ちは見た目に現れるものです。

評価されたいがために、懸命に努力し、正しい行動をしても、結果が出ずに評価されないことがあります。
その時に何を重視するかが一流と二流を分けるのです。

仕事で後輩の手柄を自分のものにして、それで評価されたとしても、そのことが続くわけではありません。
味をしめてエスカレートしてしまうこともあります。

自分自身からの評価に真摯に向き合い、本質を見ているからです。(P199)

僕は社会の定義が一流と二流で異なるのではないかと思いました。

二流の人が求めているのは周りにいる人達の評価です。

一流の人が求めているのは自分の中にある理想の自分からの評価です。

このことから一流の人とは世間に流されない自分の軸を持っているとも言えます。
その軸が「正しい自己評価」と「正しい自己認識」へと繋がるのです。

ラッキーだったねと言うな

運とは「正しい知識に基づいて学んでいること」(P125)

Wikipediaには「その人の意思や努力ではどうしようもない巡り合わせを指す」と書かれています。
なので、本来の解釈ではないのでしょう。

幸運の女神には前髪しかない」という諺をご存知でしょうか?
英語の諺で、原文は、レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉らしいです。

諺の意味は「チャンスの女神には前髪しかないので、向かってくるときにつかまなければならない。
通り過ぎてから慌てて捕まえようとしても、後ろ髪がないのでつかむことが出来ない。」ということです。

運が「勝つ確率」、「成果を残せる確率」だとすると、その確率を上げる唯一の方法は、正しい知識を学び、準備しておくことなのだと思います。
その努力で掴むのが運なのです。

ラッキーだったとは他人にかける言葉ではなく、本人が積み上げた努力の結果、成果を掴んだときに言う言葉なのかもしれません。

仕事で快を手に入れよ

1997年に福本先生が監修して出版された『カイジ語録 』 にはこういう言葉がありました。(P225)

僕はよく『快楽』って言葉にかこつけて言うんですが、人生は『快』と『楽』の二者択一じゃないかと。何かを一生懸命やって、それができたときが『快』。『楽』ってのは、ああもういいやって言ってやめて、ビールを飲んで寝転んで、ナイターを見る(笑)。それが『楽』です

この言葉が本書の中で一番好きです。

僕は小学生の頃、好きな漢字一文字を選ぶという授業で『楽』を選びました。
楽とするという意味と、楽しいという意味。
両方の意味が好きだったのでピッタリの漢字でした。

福本先生のこの言葉を知って、『楽』のままではいられないなと気づいたのです。

子供の頃の楽しみの1つにテレビゲームがありました。
さて、そのテレビゲーム、ずっと同じものをやっていたでしょうか?
当時、僕は1万円近くしたソフトを年に数本は買ってもらった記憶があります。
裕福な家庭ではなかったのに今思い返してみると買ってくれた両親には感謝しかありません。

つまり、人間は飽きるということです。
そのため新しいソフトが常に欲しくなってしまうのです。

”楽”から得られる”至福”はすぐになくなってしまう(P228)
自分次第で無尽蔵に得られるのが”快”なんです(P232)

福本先生の言うように『快』は一生懸命やって、それが出来た時に得られるものです。
一生懸命やるためには今の自分より少し上の目標が必要です。
それが達成されるときに得られるものですから、『快』に慣れるということはないでしょう。

そして、社会人全員に共通する『快』を得る手段が仕事なのです。
楽しい仕事がしたいのであれば、『楽』な仕事ではなく、『快』な仕事を追求すべきです。

でも、どうしたら『快』な仕事が見つかるのか分からない…という声が聞こえてきそうです。

本書を通して僕が学んだのは「本気になって行動すること」で見えてくるものがあるということです。
本気になって今日を生きていますか?

書評まとめ『カイジ「勝つべくして勝つ!」働き方の話』木暮太一

『カイジ「勝つべくして勝つ!」働き方の話』いかがでしたでしょうか?

今はワーク・ライフ・バランスという言葉をよく聞くようになりました。

仕事と生活の調和と訳されて、残業は少なく、有休をとりやすく、プライベートの時間を増やそうと認識している人が多いのではないでしょうか。

僕もその一人です。
ですが、本来の意味は生活を充実させれば仕事がうまくいく、仕事がうまくいければ生活が潤うという「相乗効果」を狙ったものなのです。

仕事はほどほどにと言っているわけではないということですね。

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